女子高で女性史とクイズに挑戦

 

最初の年の日本史の授業について生徒の書いた感想は非常に厳しいもであった。事実野呂はこれを否定できない程、自分でも納得いかない面白みがない授業であったと反省していた。そこで二年目の一年間、受験の日本史でなく単位を与えるだけで良い理系の日本史の授業を担当することを希望しその意見を他の先生方に了承してもらった。

この様な事から受験を気にすることなく日本史を教えることが出来る授業が出来ると思った。そこで、生徒に関心の高い女子高ならではの女性史中心で授業を組み立てることにした。また、生徒の話からテレビで人気番組にあるクイズ形式を授業に取り入れることにした。

 

そのクイズ形式の内容は、次のようなもので、誤りを選ぶ形式とった。

 

1、孝謙天皇は一人っ子であった   2、孝謙天皇は僧道鏡を溺愛した 

3、孝謙天皇は未亡人であった    4、称徳天皇とも呼ばれた   

 

この回答は3です。未亡人でなく生涯独身の女性の天皇です。女性の天皇というと聖徳太子摂政をした推古天皇が有名であるが、その他にはあまり知られていないのが現実である。

この孝謙天皇は一人っ子であり。それも女がゆえに男子と結婚すると天皇の座を藤原氏の身内でない男性に移る危険性があったので、生涯独身で生きなければならない運命にあった。その為若い時は藤原仲麻呂に力を貸したのだが、いつの間にか仲麻呂は権力を握り他の者を天皇にして孝謙天皇を邪魔者扱いした。

このような行動に反発して、引退をしていた孝謙上皇は、再度天皇に復帰する重祚して称徳天皇として返り咲きます。そして称徳天皇が信頼する僧道鏡と協力して仲麻呂を政権の場から追い落とします。その後天皇の後援を受けた僧道鏡が権力を握るのです。

 

ここで僧道鏡のクイズです。

 

1 巨根の道鏡と言われた      2 道鏡は賢僧である 

3 道鏡はプレーボーイである    4 道鏡は下野と関係のある僧である

     

ここでの答えは3のプレーボーイが誤りとした。一般的プレーボーイであれば、女性には持てるかもしれないが、まともな男には信頼されない人間です。しかし、天皇はおろか部下の僧たちも僧道鏡に追従したことを考えるとプレーボーイとは考えにくい。

野呂は僧道鏡を調べれば調べるほど僧道鏡がそれなりの人格者であったのではないかと思う。それは、僧道鏡太政大臣禅師に成って奈良の僧たちの政治基盤を作ったと思われるからである。

1の問題は女子生徒には驚きの内容であることは確かでしあった。この問題を出すと、生徒はざわつき隣の生徒と話す姿がよく見られた。生徒の中にはこんな問題を教室で話すなんてと言った感じの態度をする者もいた。

しかし、このようなことがあったが、不思議なことに大人になった卒業生がこのことが印象に強く残り、逆に今では男女間の問題で悩むにつれて、歴史の面白さを感じていると話していることが多くあるのが面白い。

また、僧道鏡との関係が分かると孝謙天皇称徳天皇)が女性であることが確認できる。まさか天皇というから男と思い同性愛者であるから協力したとは思わない。ここで孝謙天皇が女性であることを認識できる。このようなことから僧道鏡との関係がすぐ記憶に残る。またその巨根と言われた原因になったのは、僧道鏡天皇があまりにも親密であったので、時の権力者である藤原百川が僧道鏡の大事なものが巨根であったから、孝謙天皇が溺愛したのだと日記に書いたからである。

そして2の賢僧であるが、その当時道鏡は仏教言語のサンスクリット語を読めたと言われ、多くの弟子の信頼があったようである。この様なことから称徳天皇道鏡天皇にしようとしたが、その計画は失敗に終わるのである。

その後政権闘争の中で、天皇が死去し僧道鏡は権力の後ろ盾を失い、藤原氏と政争に敗れ下野に左遷されることで僧道鏡の政権は終わる。この様に僧道鏡仲麻呂のように戦いで死することもなく、また裁きによって死刑にもならなかったのである。

道鏡はその意味でかなりの実力者であったことは確かである。これを証明しているのは道鏡の政権の次の政権が、平安遷都した後に奈良の僧が平安京に入ることを禁じているからである。これは平安京に遷都した政権が、僧道鏡が育てた僧たちの政治的影響力を少しでも排除したい表れであると理解できる。

この様に見ていくと男中心の政治の中で女性が影に隠れて活躍していることが良く分る。また、孝謙天皇が女性であることを認識していない人も多くいることも事実なのである。その他にも、日野富子北条政子、春日の局など色々な女性を取り上げ、一年間女性史で通して日本史を教えた。野呂は最後の授業感想では、一年目とは違いそれなり評価していることが書かれていてホッとしたことを記憶している。